こころの病「鬱(うつ)になったきっかけ」

どうも、このHCATOMのサイトの管理者のATOM(アトム)と申します。

私は、昔から「鬱(うつ)」や「精神病」に苦しんできました。

いまでも完全に完治していませんが、病院を退院しこのブログを書いています。

このブログが同じように「こころの病」で苦しんでいる人の少しでも

支えや安らぎになってくれればと思っています。

はじめての鬱(うつ)

あれは、車の免許を取ったくらいの時期だから、18歳を過ぎた頃でした。

色々な状況が重なって、精神的にもまいってしまったのを覚えています。

・家庭環境の変化

・交際中の方とのやりとりとトラブル

・車で交通事故を起きたタイミング

大きく感じたのはこの3つです。

家庭環境の変化

私の家ですが、特別貧乏とか、借金があるとか、

ギャンブル依存、アルコール依存の親がいるとか、

両親がいないとか、手を挙げるとか誰かが亡くなったとか、

そのような環境ではなく、ごくごく普通の家庭環境だったと思います。

そのごくごく普通の家庭環境の中に、小さな変化が起きました。

兄が離婚をし子供の親権を兄がとり、

兄は仕事が大変だったので、離婚後は実家で両親が面倒をみる事になりました。

姪は当時、4歳と2歳くらいの小さな女の子二人。

私は実家で生活していたので、

妹や弟が欲しかった私は、カワイイ姪との生活を少し楽しみにしていました。

その頃の私は仕事を始めたばかりで、朝は早く起きて職場に向かう毎日。

まだまだ、社会に慣れていない状況の中で姪の「夜泣き」が家ではじまりました。

カワイイ姪ですが、「うるさい!!」って思っていました。

寝れない、寝れたと思ったら夜泣きで起こされて、

朝も泣き声か子供の騒いでいる声で起きる。

正直、子供は好きな方だと思っていた自分自身が驚きました。

小さな子にムカつき、しまいには「うるさい!!静かにしろ!!」って

日が経つにつれ苛立ちも積み重ね出た言葉です。

子育てをしている方々なら分かってもらえるかもしれませんが、

小さな子供が2人そろった時の、はしゃぎっぷりは可愛いですけど

本当にうるさくて「あ~~~~!!」って思う時があると思います。

そんな毎日が家の状況でした。これだけなら全然たいした事のない事、

なんだったら、微笑ましい状況かもしれません。

交際中の方とのやりとりとトラブル

当時、今みたいにスマートフォンとかではなく、

ポケベルは殆どいませんでしたが、

PHSか携帯電話ドコモのN203とか流行っていた時で、

携帯電話の画面がカラーになって、

着信音を自分で作成して3和音とかの時代ですかね。

若い私は交際中の方に夢中になり、

仕事もズル休みをして交際相手との時間を優先するくらい依存していました。

束縛をし合い、やきもちも必要以上にやき、

お互いの異性の友達とかの連絡先を消したり、

本当に若い時にドンドン窮屈になる交際の仕方をしていました。

それでも少ない幸せな時間に酔い痴れていましたが、

喧嘩が絶えない日々。

そんな日々の中に、元の交際相手の嫌がらせをされるタイミングがありました。

毎日、仕事中の時間に私の電話の「SMS(ショートメール)」に

「あいつは今も他のやつとやっている」とか、

「二股かけられている」とか、メールが来るようになりました。

それでも、愛していた。

だから自分が疲れるまでお付き合いしようと思っていたそんな状況です。

こんな状況も若い時のちょっとした恋愛経験と

嫌な人間の大人げないただのバカの嫌がらせだと思います。

車の事故

「遅刻、遅刻」

朝早く家庭環境の変化した家を飛び出し、

前日に遅くまで交際相手と喧嘩をしていた私は急いで車に乗り、

遅刻しそうだったので、いつもと違う近道を車で走り、

職場に向かう途中に「ガシャーン!!」前から飛ばしてきた

車と正面衝突の事故がおきました。

前からぶつかって来た車はカーブを曲がった後、

スピードを落とさないまま私の車につっこんできました。

基本的には正面衝突の事故は、

5対5の割合で「お互い悪かったですね。保険でお互い直しましょう。」的な話になり、

保険屋が示談交渉を行い話が進みますが、思いっきり突っ込まれた私は、

左によけて一旦止まっていたので、「5対5なんてありえない!」って

主張をしました。

ここから、毎日示談になるまで色々なやり取りがはじまります。

仕事も休み、足も事故の衝撃で痛めて毎日病院に通い、

家 ⇔ 病院 ⇔ 交際相手 ⇔ 事故対応 

「あ~~~~~~って!」頭がいかれてしまいました。

「あ~~~!もう!どうすりゃいいんだ!」

色々な状況が重なった私

毎日のように喧嘩をしていた交際相手との電話中。

それは突然おきました。

「記憶を失う」

何年も時間が経った今でも不思議な事でした。

家族や当時の交際相手に聞くと、

「誰の事もわかっていなかった」、「何か変な事を言っていた」

この時の記憶も、その時の前後の記憶も曖昧であまりはっきり覚えていませんが、

電話をしていたのは覚えています。

目が覚めると病室の中で母親が隣にいました。

「あら、起きた。大丈夫?」

「? ? ? ? ?」

なんの事かさっぱりでしたが、たぶん一時的な現実逃避で、

髄液検査などしても問題ないとのことでした。

髄液検査は相当痛いと聞きますが、記憶がない状況で行っていたので、

まったく痛みなど覚えていません。

はっきりしておきますが、「酒」、「薬物」は一切使用してません。

その時、病院で血液も尿も検査をしています。全部いったて正常の数値でした。

そこからが「メンタルの病」「こころの病」との向き合う日々が続いたと思います。

もしかしたら、小学校から高校の頃の出来事でも心当たりがある出来事はありましたが、

はっきり、「鬱(うつ)」と診断されたのは、その時が初めてでした。

ちょうど20年前の今頃から私は自分のメンタルと向き合って今生きています。

あの頃の出来事が一つ一つ解決し、少しづつ心にもゆとりが持てて、

20代がスタートできたのを覚えています。そこから数年間は何も問題なく、

人や環境の恵まれた日々でした。

「鬱(うつ)」は誰でもなる可能性がある病です。

治し方は薬物療法もあると思いますが、

私が思うに今の環境を少しづつストレスのない環境にするのも

「こころの病」を完治していくきっかけになると思います。

悩んだらドクターなどに相談した方が良いと思いますし、

1人で悩まないこともおススメします。

1人で悩まないお医者さんに相談しよう。

鬱が治ったと思ったまで行ったこと

これらの事を行い、

私は一旦、鬱(うつ)状態から通常の自分を取り戻した感じです。

・医者に相談(精神科)、通院。

・自分が鬱(うつ)だと認めてあげる。疲れているんだと認めてあげる。

・薬物療法(自分に合う薬を処方してもらう。)

・一人で悩まない(ドクターや一人二人くらいの話しやすい友人に話す。)

・環境を変える(交際相手との別れ、嫌な面倒な出来事の解決、住んでいた場所を出る。仕事を変える。)

焦らず、一つづつ解決し、

自分の心に無理ない状況に身を置くことが完治していくと思います。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

少しでも、同じように苦しんでいる人の解決に向かう参考の1つになっていたら幸いです。

◆記事作成者プロフィール◆

管理者は元IT業界に10年以上いた人間で、人に多く接してきた社会人でした。もっと詳しく知りたい方は、

「HCATOMの管理者について」 をご覧ください。

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